2009年11月28日土曜日

「1970年代の地球寒冷化問題」から考えること

 最近,巷間で地球温暖化問題がますます喧しい.ニュースでも雑誌でも地球温暖化がとりあげられない日はないほどだ.しかしながら,地球温暖化の真実と意味を多くの人はどれだけ理解されているであろうか.地球の気候変動は今に始まったことではない.地球の歴史においては当然のように気候は変化してきた.

第四紀の氷期・間氷期の繰り返しはミランコビッチサイクル理論で説明できるとされ,次の氷期は3-5千年後になるはずだった(川幡穂高,地質ニュース641号,pp18).この判断は,第四紀の気候変動の変化グラフ(ニュートン別冊「この真実を知る-地球温暖化」p78)をみれば妥当と考える(下図).

ところが,国立環境研究所地球環境研究センターのホームページのQ&A(http://www-cger.nies.go.jp/qa/24/24-2/qa_24-2-j.html)では「2万~10万年スケールの日射量変動は理論的に計算でき、日射量変動による将来の氷期が今後3万年以内に起こる確率は低いと予測されています。」と回答している.

また,地球温暖化懐疑派バスターズの筆頭とされる明日香寿川教授の著書「地球温暖化 ほぼすべての質問に答えます」(岩波ブックレット)においては,次の氷期到来は2万年後と計算されているとしている.

なぜこのように違うのであろうか.

また,この明日香教授は同岩波ブックレットにおいて,1970年代に騒動となった「地球寒冷化問題はマスコミが騒いだのであって,科学者が主張したものではない」という趣旨の回答している.しかし,米本昌一著「地球環境問題とは何か」(岩波新書)においては,「世界の気象学者の主流は,70年代後半には地球は小氷期に入るのではないかという議論をし,・・・」(pp14)とあるし,前出の川幡穂高氏も「実際,1970年代の気温はそれ以前と比べると寒冷化の傾向を示していたので,カナダやスカンジナビアの国々では,気候が氷期に戻っていった場合にどのようになるかといった点について真剣に議論されていた」(川幡穂高,地質ニュース641号,pp18)としている.

さらに,ブロッカーのベルトコンベア(海流の深層循環)で有名なウォレス・S・ブロッカーは,1960~70年代にかけて,地球が寒冷化に向かっているという多くの気候学者の意見が「ニューズウィーク誌」や「ニューヨークタイムズ誌」に発表されていた最中の1975年に「サイエンス」誌上で「自然の周期の一環である寒冷化の傾向は間もなく終わる.自然の寒冷化が,人類の手でのCO2増大によって引き起こされている温暖化という現象を覆い隠していた.われわれは,気候に関するかつてない驚きをこれから経験することになるだろう」と主張している(ウォレス・S・ブロッカー,ロバート・クンジグ著「CO2と温暖化の正体」河出書房新社,pp.104).

実際のところ,IPCC第四次報告において,人為的であることを裏付けた自然変動に人間活動を加えた場合と自然変動だけの場合のシミュレーション結果の図をよく観ると,人間活動がないとした場合の地球の平均気温は,1950年以降低下していくという予測結果になっている.これは,50年と期間は短いものの,寒冷化を人間活動が阻止していることになる.よって,今の地球温暖化の原因は100%人為的と言い切れる.すなわち,シミュレーション結果は35年前にブロッカーが警告したとおりとなっている.にもかかわらず,IPCCは「温暖化の原因の大部分は人間の活動」と表現を弱めているのは,なぜだろう.


それはともかくとして,明日香教授は,アメリカでの騒動のうわべだけを見ていたようである.

また,成田隆一氏は「モノづくりの設計に思う」題した論文(基礎工,2009.9,pp8)において,地球物理学の権威である赤祖父氏と桜井よし子氏との対談(文芸春秋6月号)で“温暖化や寒冷化の要因は解明されていない.長い地球の歴史から考えて,現在は地球の自然変動である”と唱えてマスコミが注目していることを紹介したうえで,「1940年代から1970年代に現在と正反対の地球寒冷化問題がマスコミを賑わしていた.それに対して全米アカデミー(NAS)が“気候メカニズムは何が気候の変化を決めているのか定量的な理解ができていない.基礎的な理解を行わずに気候を予測することは不可能である”とし,“気候変動の定量的評価に必要な情報を収集し,十分に調整・期待できる数値モデルを使用するため,さらに研究をすすめるように”との寒冷化問題についてコメントを発表した」としている.

成田氏は同じ論文のまとめの項としての「技術の総合判断」の中で,「地球温暖化については,国民生活はもとより土木技術のあり方に大きく影響する.温暖化の因果関係が議論されている今,CO2削減技術の開発はこれまでに増して推し進めなければならないが,寒冷化問題の議論と同様のことにならないよう,大きな社会経済の流れや学術論争も見据えなければならない」としている.まったく同感である.

私が最近気になるのは,マスコミや環境省そして環境問題の専門家と称する人たちまでが,最近の地球温暖化の主な原因は,人類による二酸化炭素排出が原因であることはほぼ間違いないというIPCCの報告を頭から信じきっているところである.これは思考停止状態だ.だから,地球温暖化防止のために二酸化炭素排出を削減しようと隘路に陥る.

ところで,最近,ヨーロッパの平均気温が上昇したのは,大気浄化が進んだことも一因となっているという報告がなされている(日本地球惑星科学連合ニュースレター,Vol.5,August,2009,№3,p1-3). IPCC信者たちは,地球温暖化防止のために大気汚染を進めるとでも言うのであろうか.あるいは,民主党の環境大臣のように原子力発電を促進しようと言い出すのであろうか.実際に一部の科学者たちは,成層圏に亜硫酸ガスを注入することで,硫酸の粒を作り日射を反射させて,温暖化を防ぐ計画を提案している(ウォレス・S・ブロッカー,ロバート・クンジグ著「CO2と温暖化の正体」河出書房新社).

そうではなくて,たとえばナチュラルステップが提案する持続可能な社会の実現するためのシステム4条件のうちの一つである「地殻から取り出した物質が生物圏で増え続けない」という条件に反している.だから,大気中に人間が増やしてしまった大気中の二酸化炭素の削減を進める必要があると考えるべきなのだ.

最終の目標とする社会をただしく意識することが重要なのである.

たとえば気候変動対策として,前出のウォレス・S・ブロッカーらは,大気中の二酸化炭素を回収,固定するという天然の風化作用に基づいた鉱物隔離の手法を提案し,装置を開発し,実証試験を繰り返している(ウォレス・S・ブロッカー,ロバート・クンジグ著「CO2と温暖化の正体」河出書房新社).このような対応こそが正しい気候変動対策である.

日本の環境省は持続可能な社会をつくるために,「低炭素社会」と「資源循環型社会」と「自然共生社会」をつくる必要があると2007年ごろから説明するようになった.私にはこれがさっぱりわからない.低炭素社会とは何か,どこまで炭素を下げればいいのか,そもそも炭素循環は生命の根幹でもある.資源循環型社会も危うい言葉だ.資源循環が実現しても,その規模が拡大しては,生態系を破壊してしまう.環境先進国スウェーデンでは,生態系を維持できるリサイクルという意味で,エコサイクル社会と呼んでいる.自然共生社会という言葉もおかしい.そもそも人間は自然の一部だし,自然と切り離して生活することはできないのだ.

自然のシステムは複雑であり,環境に刺激を与えると予想外の応答をする可能性があることを忘れてはならない.環境に過度の負荷をかけた時に,生態系を含む地球システムが,どのタイミングで正のフィードバックをするか負のフィードバックをするかは,今も科学ではわからないのである. 前出のブロッカー博士も今の間氷期が本来ならば1万年か2万年続くところが,人間活動の二酸化炭素排出によって,それが数千年程度に短縮されると述べている.

私たちは,その場限りのご都合主義かつ有害無益な役所言葉やマスコミ言葉に踊らされることなく,科学論議を見守りつつも,持続可能な社会をつくるという原点を忘れてはならないと強く思うしだいである.