2011年8月13日土曜日

原発事故と認知心理学

D.A.ノーマン著「誰のためのデザイン」認知科学者のデザイン論,新曜社認知科学選書の94ページにおよそ次のような記述があって,驚いた.
「ある問題が起こったとき,それを誰のせいにしたらよいかを判断することは難しい.
高度な技術をもち,十分に訓練された人が複雑な機械を操作するときに,突如異変が発生したとする.何が問題なのかを見つけ出さねばならない.異変を知らせる信号自体が故障しているのかもしれない.
スリーマイル島の原子力発電所では,操作員は余分な冷却水を排水するバルブをとじるためのボタンを押した.ところが,バルブが欠陥品だったので,閉じてはいなかった.しかし,制御パネルには閉じているとランプが表示されていた.しかし,実はこのパネルのランプは,バルブに閉じろと命令を送ったことを示すものだった.そのことは,操作員たちも知っていたはずだったのに,なぜ問題があることに気が付かなかったのか.操作員たちは確かにバルブにつながるパイプの温度を見ていて,水が流れ出ていることを示していた.
ところが,なんと,操作員らは,そのバルブに漏れ穴があることも知っていたので,そこからの漏れで温度の説明はできてしまったのだった.しかし,彼らの判断は間違っていて,炉心から排出される冷却水は多量であり,原子炉事故はますます重大なものになった.
認知心理学者の考えでは,操作員たちはきわめてもっともな判断をしていたのであり,悪いのはバルブが閉まったと誤った表示をしたランプや装置である.」
つまり,人間の認知心理学を踏まえた機械設計になっていないことが問題だということだ.
こうしたデザインは身の回りにいっぱい見つけることができる.
どのように,開けたら良いかわからないドア,容器のふたなどである.