2010年11月2日火曜日

日本の教育の問題点

本日の朝日新聞の夕刊に載った,私の視点「考える教育-教師の質問力を鍛えて」に触発された.

PISAの日本人の成績が振るわないのは,ゆとり教育のせいだと思い込み,詰め込み教育に戻ろうとする動きがある.海外の主要先進国では,詰め込み教育ではなく,哲学的教育がなされているという.宿題もなく,教室での討論が主体だという.

日本のテレビではクイズ番組がはやっている.クイズでしか役立たない断片的な知識,知っているか知らないかで競い合うむなしさを感じるのは私だけだろうか.

そこには,大学受験に向けた教育のゆがみと偏見がある.社会に出てから役に立つスキルと基礎教育が乖離しているのだ.答えがない問題を解決するには,学校の優等生にはむずかしい.優等生の塊である日本の高級官僚の能力は危ういのではないか.

日本の教育に欠けているのは,論理的思考力である.PISAはこれを問うものなのだ.私が社会にでて感じたことも,そこにある.

報告や説明を他人にわかるように説明することは,訓練が要る.私は,推理力も論理的思考力に役立つと思う.物理,数学などの科学的事実(真実)の理解と言語力がとても重要だと思う.論理的言語は論理学であり,論理学は哲学であり,哲学は数学である.

日本の教師はその問題を意識しているのであろうか.


日本の第一次産業

朝日新聞 2010年11月2日の夕刊に載った池澤夏樹氏のコラム「終わりと始まり」で,チリ鉱山救出劇の話から,鉱夫という言葉について深い考察がなされていた.

題目は「職業の誇り-「鉱夫」はどこに行ったか」

その最後の言葉が印象的なので,引用する.

「問題は戦後の日本が第一次産業に背を向けて国を運営したきたことだ.その結果,我々は食べ物さえすっかり工業製品にしてしまった.

第一次産業は自然のすぐ近くにある.自然はなかなか人間の思い通りにならない.自然から遠くなれば,その分だけ人間は傲慢になり,自分の力を過信し,道を誤ることになる.その弊害を我々は何度も見てきたのではなかったか.

第一次産業に携わる人々の誇りを奪ってはいけない.人が生きることの根源にもっとも近いところで働いているのは彼らだから」

こうした考察ができるのは,小説家だけになってしまったのだろうか.テレビでこうした発言をする識者を私は知らない.