2014年2月5日水曜日

「歴史から学ぶ防災論 関東大震災と茅ケ崎」講演


平成26年1月19日

茅ケ崎市役所分庁舎コミュニティホール

武村雅之さん「歴史から学ぶ防災論 関東大震災と茅ケ崎」講演メモ

・  石碑に多いのは「あゝ9月1日」で,様々な思いが込められている.

・  関東地震の余震は続けざまに,起こり10分くらいは揺れ続けていたと思われる.

・  関東大震災の犠牲者は10万5千人余りで,火災の死亡者が9万2千人と大部分を占める.

・  震源から離れた東京でなぜ大きな被害が出たかというと,隅田川の東部や日比谷の入り江などを埋め立てた土地に多くの人たちが住んでいた,いわゆる軟弱地盤上の地表が大きく揺れ,その人工密集地帯で木造家屋が倒壊し,火災が起きたことが原因である.

・  火災は隅田川東部の軟弱地盤で発生し,多くの田舎者が江戸の掟を知らずに,大八車などで家財を持って避難した.誘導された場所は陸軍被服廠跡の広大な空き地であったため,多くの避難者は安心していた.そこで昼食を始めたところで,延焼によって火に包まれて一酸化中毒などで多くの人が亡くなった.もちろん,火災旋風の影響もあった.

・  東京だけが,元禄地震のときに比べて,関東大震災の犠牲者が200倍にも増えているのは,元禄のときには人が住んでいなかった隅田川東部の湿地に,大正時代に多くの人が住むようになったことが原因と考えられる.

・  震災予防調査会では,家財道具が延焼を促進し,犠牲者が増える原因になることは,江戸時代から広く知られ,その禁止を破ったものは罰するというお触れも出ていたが,東京に住み始めた地方出身者たちは,これを知らなかったために,家財を持ち出した.

・  この教訓を現代に置き換えれば,大八車は自動車に該当することになる.大人は財産があるなど,しがらみがあって逃げ遅れがちであるが,子供たちはその縛りがないので,素早く逃げる判断ができる.

・  地震の後に,むやみに動くことは他人の迷惑になるばかりか,命を落とす危険すら増す.

・  横浜公園でも東京被服廠跡と同様に多くに避難者が集まったが,家財道具をもっている人が少なかった.これは,揺れが強くて家財道具を持ち出せなったことと,関内では当時珍しいサラリーマンが多かったことによる.けっして,警察官の適切な指示誘導があったからではない(横浜市の公式文書では警察官が適切な指示を行ったためと記述されている).当時,横浜公園で看護に当った日高ていさん(ご存命)によると,加賀町警察は全く役に立た無ったと述懐している.

・  朝鮮人の大量虐殺があったが,中には朝鮮人を日本の暴徒たちから守って感謝されている日本人が数名居ることがことが記念碑に残されている.このほかに,演者の上司であった鹿島建設の大磯工事事務所所長は,朝鮮人を出せと詰めかけてきた日本人たちに日本刀を抜いて朝鮮人労働者たちを暴徒から守ったと云う.

・  茅ケ崎市内でも多くの石碑が残されているが,近隣の住民も,管理者もその存在を知らないことが多い.それは石碑が敷地の外に向かって建てられているためである.これは通りを往く人たちに見てもらうことを念頭に置いていたと思われる.

・  柳島では良好な港であったが,隆起によって使えなくなり,当時松尾川を流れていた小出川の流路を付け替えた.

・  馬入川にかかる橋も倒壊したが,京都と豊橋の工兵隊が仮橋を仮設したという碑が平塚側に立っている.

・  江の島の聖天島は,震災後に隆起して本島と陸続きになった.

・  江の島の橋は木造の貧弱なものだったので,台風などの度に流されていたため,島内の住民は日頃から備蓄をしていた.このため,大震災のときも橋が流されたが,島内は落ち着いていた.

・  藤沢に残されている石碑には,大災害に見舞われるという試練は人を偉大にするということが記されている.

・  日本の偉大な物理学者である寺田寅彦が,西洋では科学で自然を征服できるとして,科学技術が進んだが,日本の自然は西洋の自然とは異なり,とても厳しい.科学技術は単に我々に新たな多くの選択肢を提示してくれるだけである.選択するのは人間であり,その選択の仕方で災害を軽減することができる.

・  地震(自然)が悪いわけではない,自然を正しく理解し,どう対処するかは人間次第である.天災は,人間の知恵で減災することができる.

高橋 一紀 記

新春講演会「環境革命と国づくり,人づくり」涌井雅之さん,東京都市大学教授


2014.1.29

霞が関ビル35階

涌井雅之先生ご講演メモ

日本専門新聞協会主催平成26年 新春講演会「環境革命と国づくり,人づくり」

・  ある中小企業の経営者は,これからは3割安くするか、3倍技術力を上げるしかないとおっしゃっていた.

・  「吾唯足知(われ ただ たるを しる)」と京都,竜安寺石庭の北庭(非公開)にある水壺(蹲:つくばい)に刻まれている.

・  「不安な時代の価値観マーケティング-旅行編」(富士通総研)では,アンケート結果をもとに「つながり志向」「安らぎ・癒し志向」「すごもり志向」などの生活者の価値観変化を抽出して,各タイプをツバメ、コウモリ、タカ、フクロウと命名し,巣篭り志向が増えていると分析している.

・  ブータン王国は国家の指標として,GNH(国民総幸福量)を打ち出している.

・  ケンペル(ドイツ人医師)が幕末の日本を訪れて,貧乏であっても,それを苦にしない姿に感動したと,エリザベス女王が1975年の来日時晩餐会で紹介した.

・  「ルビンの壷」は向いあった人の顔にも見えるが,見えないものを見出すことが大切である.人はどうしても既往の概念に染まりやすいので,発想の転換が大事である.

・  産業革命後の世界は「成長」が基盤であったが,環境革命後の世界は,「成熟」が社会基盤である.環境革命は,インフラに自然を取り入れることである.そして地縁結合型社会に転換し,自立することである.

・  かつての「まちづくり」より「まちおこし」が重要となる.

・  日本は世界でも美しい景色がある.それには理由がある.厳しい自然との共生が美しい景色を生むのである.

・  西欧は城壁で生活空間を切り分け,外側に墓地を作った.

・  一方,日本は江戸で代表されるように,「大家は長屋の糞で餅をつく」(「店中の尻で大家は餅をつき」)の糞尿のリサイクルや悉皆屋(修理屋)という商売も成り立っていたほどリサイクルが盛んであった..

・  西欧に対して,日本の城の外は「里山」である.

・  日本の自然の扱いが難しい。海流、脊梁山脈、川の勾配は急流で滝のようである.世界の0.25%の領土にM6以上の地震の2割が起こる.日本に住む日本人は,美人の妻(日本の自然は,美しく怖い)を貰った亭主に例えられる.

・  日本には「いなす」知恵,レジリエンスな知恵がある.これを活かすべきである.

・  東京タワーは剛な構造に対して,スカイツリーは柔な構造で日本の塔の建築技法を応用している.両者は対照的である.

・  「大宝律令」をつくった藤原不比等は,行政界を流域界で分けた.

・  日本の里山システムは,「奥山」には手を入れない.

・  奥山,里山につづき,野辺,川辺,浜辺がある.

・  奥出雲のたたら製鉄における鉄穴流しでは,里山の丘陵を切崩し,美しい棚田ができた.これは文化景観のひとつである.

・  塩田が盛んだった地域では,燃料としての松を海岸に植えて,松木山という文化景観をつくった.

・  雪国にはブナ林の里山があり,薪の提供,水源林として機能している.

・  自然からの恵みは「利息」のようなものである.「元金」の自然は復元され続ける.日本がCOPで提唱したSATOYAMAに,発展途上国が賛同し,日本を支持してくれた.

・  東北の海岸には海岸砂丘が発達し,その背後は湿地となっている.砂は強風で瞬く間に移動し,田畑が覆われてしまう.これを防ぐために,海岸防災林を育てた.

・  武田信玄は,「聖牛」や「(棒)ダシ」などの水制工を立案・構築し,暴れ川を制御した.

・  加藤清正は,水路の底に穴をいくつか掘って,水が渦をおこさせ,含まれる火山灰土(ヨナ)が水路底にたまらない工夫をした.

・  日本は「花鳥風月」の国である.

・  災害に対しては,「緩和」と「適応」という対応策に区分される.

・  現代では,世界の約6割の人口が都市に暮らしている.

・  日本人は「緑(みどり)」があって当たり前と思ってきた。

・  敗戦後のシャウプ勧告によって,日本は道路を作り出した.

・  都市化に伴い「緑(みどり)」は減少してきた.

・  今世界はモーダルシフトの潮流にあり,都市の自動車を排除しようとしている。

・  都市はコンパクトにして,「緑(みどり)」を増やす「コンパクトシティー」構想が大事になる.

・  東京はコンパクト化を目指している.それが現れたのが東京オリンピックである.

・  レガシープランが大事である.オリンピック後に何を遺すのかという視点が重要である.(ロンドンはオリンピックの後に世界一住みやすい都市に変貌した)

・  自然資本を重視することが大事である.たとえばパリ市内には,プジョーのレンタルサイクルが300箇所以上整備されている.

・  アメリカのウエストサイド地区の再活性化では,市民の運動が引き込み貨物線の高架を「緑のハイライン」によみがえらせた.

・  韓国ソウルでは,前大統領の主導で高速道路を取り壊し,本来の川を復元した.

・  涌井氏が手掛けた渋谷の大橋ジャンクションは,道路に屋根をかけ,「天空の庭 」をつくり,市民にやすらぎ空間を提供して,JHの企業イメージを一新させた.

・  森ビルは,「生物多様性配慮型ビル」を提供している.これらは,「環境不動産価値」に結びつく.

・  朽ちるインフラをどうするか考えて,(涌井氏が)東急と森ビルを引き合わせ「多摩田園都市22世紀ビル構想」を起こした.

・  これからのインフラは「夢を創る」ことが大事である.「りんご形の国土計画」から「ぶどう型の国土計画」への転換が求められる.

・  「エネルギー」「情報」「アクセス」「エコロジー」が「ぶどうの実」であり,国家の軸は「ふどうの茎」にあたる.

・  五木寛之著「下山の思想」(玄冬舎新書)の「下山」とは,成長期に対する成熟期を指している.

・  これからは,日本も世界も「自然の力を借りたグリーンインフラ」を整備していく必要がある.

以上(高橋一紀 2014.2.5記)